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 日刊『中・高校教師用ニュースマガジン』(中高MM)☆第1698号☆
                   2006年9月26日:火曜日発行
  編集・発行 梶原末廣   sukaji@po.synapse.ne.jp
http://kamaken.homelinux.org/~kajihara/sukaji/
  http://www.synapse.ne.jp/~kanoyu/sukaji/index.html
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■ 「知の糧――人生途上で出あった本」(16)杉山武子
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【連載】

■ 「知の糧――人生途上で出あった本」(16)



                     杉山 武子(鹿児島県)
                     iizumi@mvj.biglobe.ne.jp

  
★森崎和江著『闘いとエロス』★


福岡県南部の筑後平野、水田地帯の真ん中に生まれ、レンゲ畑や稲わらの山を遊
び場にのんびり育った私を、社会という大人の世界へ目を向けさせたのは、10歳の
ときの「60年安保」でした。国会議事堂を取り巻く幾万のデモ隊、翌日の樺美智子さ
んの大きな遺影を掲げて行なわれたデモ行進。そのニュースをテレビで見ながら、
何ともいえない不安と胸騒ぎに襲われたことを、今でもありありと思い出すことがで
きます。

それは大人たちの作っている社会へやがて私も放り込まれる、本能的な不安だった
のかもしれません。当時福岡県には、南部の大牟田に三井三池炭鉱、北部には日
本最大の筑豊炭田があり、それぞれ大規模な労働争議が起きていました。それは
政府が石炭から石油へエネルギー政策の転換に踏み出したことに端を発する炭鉱
労働者の合理化反対闘争でしたが、当時の私は、もちろんそんなことを知る由もあ
りません。

「60年安保」の少し前、筑豊を拠点に詩人谷川雁を中心にした「サークル村」の活動
があり、機関誌『サークル村』があったことを私が知ったのは、国文科の学生だった
18歳のときでした。近代文学の講義をされれていた境忠一先生から、大学院生の
ころ「サークル村」のことを調べに谷川雁と森崎和江の同居先を訪ねたというエピソ
ードを、興味深く聞いたときです。

同じころ私は、社会人中心でスタートした文芸雑誌に加えてもらい、同人となりまし
た。大人の彼らの口から、たびたび谷川雁や「サークル村」の話題が出ました。同
人には筑豊出身の人もいたし、30代の同人たちはみな、組合活動に熱心な労働
者たちでした。その1968年当時、「東京へ行くな」と言った本人の谷川雁は筑豊に
居場所が無くなってとっくに東京へ去り、機関誌『サークル村』の終刊から7年ほど
たったころでした。

私が学生を終えたころ、森崎和江の『闘いとエロス』が出版されました。折りしも日
本は「70年安保」とも相まって、全国の大学で学園紛争が起きていました。「サー
クル村」運動とそこから派生した炭鉱労働者の闘いの光と影を当事者の目で描い
た『闘いとエロス』は、当時、地元福岡ではセンセーショナルにマスコミでも取り上
げられていました。

しかしその評判から、私は逆にその本にある先入観を持ってしまい、敬遠して読
みませんでした。まもなく就職した私は、職場環境の改善や男女平等の運動の
必要性から、職場の労働組合活動に参加するようになり、そこから派生する様々
な問題、組織の問題に直面することになりました。そのときになって私は、あらた
めて『闘いとエロス』を読みたいと思ったのです。早速手に入れると<まえがき>
にこう書いてありました。


  1960年前後に九州の筑豊炭田を主たる舞台にして機関紙「サークル村」
  を発行し、サークル活動が展開した。またそれに引き続いて労働運動
  がサークル村会員を軸にくりひろげられた。それは大正炭鉱を閉山に
  追いつめる大正行動隊の闘いであった。私はその両方に関連した関係
  上、この一連の運動を総括すべく幾度かペンを持ち、そして幾度も中
  断した。(中略)

  誰もがこの変動期に自己をぶっつけながら家族を養い、またくりかえ
  し起る挫折に堪えてもいるのである。私は筑豊炭田自体が夢幻のもの
  となるまえに、その特異な地域で闘われた集団やその背景を可能な限
  り残しておくことにしたい。


本文は事実にフィクションを加えた部分と、資料による記録を織り混ぜて展開し
ます。当時私は仕事の傍ら、同人誌に詩・小説・エッセイなど習作を書いて、自
分の目指すべき方向、書くべきものについて試行錯誤を繰り返していました。
『闘いとエロス』はそんな私に、書くということの凄まじさを、恐ろしいまでに容
赦なく突きつけたのです。書くことの本質に迫るには、ここまで赤裸々に自分を
曝け出さないといけないのか? それは物を書く行為を、根本から考え直さな
いといけないほどの衝撃でした。

「大正行動隊」の闘争に関する記録には、あまり興味はありませんでした。主な
登場人物の室井と契子、つまり谷川雁と森崎和江の共同生活のあり方、その
討論、その男女の関係性は<はじめに>に虚実取り混ぜて書いたとあるよう
に、どこまでが事実でどこがフィクションかは不明です。しかしフィクションを用
いてまで著者が書こうとした真実のいったんは、著者と同じ女性という共通点
において、私は共感する部分も多かったのです。

特に、組織の中で起きた性にまつわる悲惨な事件、そして活動に邁進する同
志であり、共同生活する男女でもある室井と契子のエロスに関わる拮抗の激
越さには、たじろいでしまいました。まだ独身だった私には、産む性とそうでな
い性の違い、愛していてさえ理解し合えない部分があるという現実、その根源
を見せ付けられたのです。

フィクションも混じっていると思われる場面で、契子が労働者に直接働き掛け
ていることを嫌う室井が、契子にこう言います。


 「おれの組織だ。あれはおれの私兵だ。おれの私兵をこそこそ組織す
  るな。分派を形成して何をやる気だ!」
  といった。
 「ばかなこと言うの止して。組織を私有視するものではないわ。あな
  たがそんな発想にとどまってるから、彼らが離れていくのよ。
  とにかくあたし、みんなの前で話す。会議を招集します」


そんなやりとりのあと室井は、今後いっさい、おれの組織に近づくな!と言い
ます。そして、室井のやり方に反論する契子に対し、室井の「それこそ君の詭
弁だ。おれは大学出だぜ。詭弁なんざ無限だよ。おれの弁論におまえが勝て
るとでも思っているのか」という言い負かし方。進歩的な男性であるはずの室
井でさえも、と、最初に読んだ20代の私は大いに考えさせられたものです。こ
れは現代社会の男女の関係でも、まだ解決されていない問題を孕んでいるの
ではないかと。

例えば外では紳士的にふる舞っている男性も往々にして、家に帰れば旧来の
男性と同じ暴君的存在であるとういう、いわゆるダブルスタンダードという言い
方があります。活動家室井と契子の関係は、読み流すと一見そのように取れ
なくもありません。しかし「サークル村」に関心を持ち、いろいろな本を読んで
いく中で、室井と契子の関係をダブルスタンダードと浅く捕らえてしまっては
「サークル村」活動を正しく理解することはできない、私がそのことに気付いた
のは最近のことです。


私が最初に『闘いとエロス』を読んで約30年経った数年前、福岡在住の元
「サークル村」会員を中心に、若い世代も加えて「第Ⅲ期サークル村」が3年
の期限付きで発足しました。機関誌『第Ⅲ期サークル村』も終刊号の12号を
残し、現在まで11号が発行されています。この第Ⅲ期には、「サークル村」
から育った森崎和江や石牟礼道子の九州在住作家の元会員の参加は、残
念ながらありません。彼女達の中では、もう「サークル村」は過去のことなの
かもしれません。

「第Ⅲ期サークル村」には縁あって私も始めから参加していますが、最後の
3年目も終わろうとしているこの秋、熊本の阿蘇で読書会を兼ねた合宿が行
なわれました。旧サークル村に直接関わった人は3名だけの参加でしたが、
呼びかけに応えて北海道から沖縄までの全国から、『第Ⅲ期サークル村』会
員さんの参加が多数ありました。特に20代、30代の若い人達の参加もあり、
70代までの幅広い年齢層が一同に会した2日間の合宿は、とても刺激的で
充実したものでした。討論の内容は、記録として残す予定になっています。

『闘いとエロス』が出なければ、谷川雁はあんなふうにはならなかった、とこ
ぼした元会員の声も私は聞きました。またこの本の資料的な価値や内容に
ついて、本名・仮名で登場する関係者には必ずし良い評価ばかりではない
ようです。しかし私にとっての『闘いとエロス』は、反対の声に抗してでも書
かざるを得なかった意思の強さ、書くことの命がけの厳しい一面を若い日
の私に教えてくれた、大切な本なのです。

 ※引用は ・森崎和江著『闘いとエロス』 三一書房刊
        1970年5月31日 第1刷発行  850円 より

 ※文中敬称略
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杉山武子の近刊本ご案内 
《書くこと》の意味を問いつづけ、明治の文学を先駆けた素顔の一葉物語。

『一葉樋口夏子の肖像』杉山武子著
10月20日発売  績文堂
46判270頁カバー装/本体1800円+税

明治の天才女流作家としてではなく、たった一つの恋も捨てて書くことに
命をかけた一葉の一生を、もっと自分の引き寄せ、明治という時代の中
で生き、悩み、喜び、輝いた一葉樋口夏子を、等身大の一人の女性とし
て捉えてみたい。(著者)
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【2006/09/26 18:33】 | 教育全般
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